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〜 さようなら 05系初期車 〜

電気工学科2年 0065番 菅野 幸太

1.はじめに




写真1 西葛西駅で離合する04F(右)と10F(左)


 05系車両は1988年(昭和63年)、それまで東西線の主力として増備され続けていた5000系に代わる後継車両として導入された。
 当初の予定では、1987年(昭和62年)12月のダイヤ改正で05系が10連×3本導入され5000系7連×10本を10連×7本に組み替えて輸送力増強を行う予定だったが、設計が間に合わなかったために急遽半蔵門線用の8000系10連×3本(12F〜14F)を前倒しして新造、運転台や連結器、保安装置など必要最小限を東西線の仕様に合わせて投入した。
 帯はパープルのままで、ドア上に『東西線』とシールを貼った姿で使用された。その後05系が投入されると、8000系3本は本来の使用線区である半蔵門線に転属した。  05系は以降2004年(平成16年)までにかけて計43編成が製造され、以下の様に次車区分されている。

1次車:01〜03F  2次車:04〜06F  3次車:07〜09F
4次車:10〜14F  5次車:15〜18F  6次車:19〜21F
7次車:22〜24F  8次車:25〜27F  9次車:28〜30F
10次車:31〜33F  11次車:34〜36F  12次車:37〜39F
13次車:40〜43F

 今回は15000系導入により7月19日をもって東西線から引退した、05系の初期車にあたる01F〜13Fの引退に関することについて書こうと思う。


2.15000系導入の発表

 2009年3月26日、東京メトロが発表した平成21年度事業計画の「輸送改善策の実施」の項に東西線にワイドドア編成の新型車両を2編成導入すると書かれ、15000系という形式名はまだ出ていなかったものの、最初の新車導入の公式発表となった。
 その後2009年6月16日、東京メトロのニュースリリースによって東西線ラッシュ時の輸送改善としてオールワイドドアの「15000系」新型車両の導入が発表された。
 この新造では平成21年度末から23年度で130両(10連13本)とされ、1〜4次車の13Fまでの本数と合致する。なお、14Fは4次車ではあるものの、ワイドドアでGTO-VVVFを制御装置に採用しており、10〜13Fとは別モノと言ってもいいところである。
 将来的には05系の14〜18Fの5本と15000系の13本、合わせて18本でラッシュ時に集中投入を行い、乗降時間の短縮によりラッシュ時の輸送改善を図る予定となっている。
 これによる05系の01F〜13Fの処遇についてはまだ不明であった。


3.15000系新製





写真2 営業開始前の試運転を行う 15102F(妙典駅)


 15000系は日立製作所のある山口県の下松を2010年2月19日に出発した15101Fを皮切りに順次甲種輸送されてくることとなる。
 輸送の経路としては、下松から山陽本線・東海道本線を経由して新鶴見、武蔵野(貨物)線〜南武線を通って立川、ここで進行方向が逆となり、最後に中央線で中野に至る。中野の到着は下松を出た翌々日の1:38で、中野からは05系のチョッパ車に牽引されて終電後の東西線を東陽町駅に隣接する深川検車区まで運ばれる。これで一連の搬入は終了である。
 なおこの05系は中野寄り10号車の連結器は予め自動連結器に交換され、終電後の東西線を回送されて中野駅4番線に停車。その後甲種の列車は5番線に到着するので一旦落合方に引き上げた上で待機し、機関車が切り離された後甲種輸送されてきた15000系と連結となる。
 以下の表にそれぞれの編成の甲種日程と竣工日、運用初日、置き換えた05系をそれぞれまとめた表を掲げる。なお運用初日とその運用については個人的な調査であるため誤っている可能性がないわけではないということを付記させていただく。

表1 15000系各編成の投入の動き
編成甲種日程竣工日運用初日運用置き換え05系
15101F2010/2/19〜2/212010/4/275月11日23S(1)11F
15102F2010/3/16〜3/182010/4/285月7日29S(1)02F
15103F2010/7/8〜7/102010/7/298月5日39S(1)07F
15104F2010/7/22〜242010/8/1910月1日23S(1)08F
15105F2010/8/5〜8/7(※12010/9/211月5日41S09F
15106F2010/8/26〜282010/10/612月3日61S10F
15107F2011/4/7〜4/92011/4/265月3日61S05F
15108F2011/4/21〜4/232011/5/125月27日57S04F
15109F2011/5/12〜5/142011/6/16月23日53S12F
15110F2011/5/26〜5/285011/6/166月21日25S(1)13F
15111F2011/6/9〜6/112011/6/277月1日41S03F
15112F2011/6/23〜6/25※27月19日47S01F
15113F2011/7/14〜7/16※28月31日47S06F

※1:15105Fの甲種輸送は西浜松で24h手配が取られた為、西浜松以降の日程は実際には丸一日ずつずれて中野には8/8に到着している。
※2:15112F、15113Fの竣工日はまだ趣味誌に掲載されていない為空欄としている。

 ここでは15000系の詳細な諸元等は大元の主旨から外れてしまうため今回は省かせていただく。


4.始まる05系の廃車




写真3 アントで入換中の05-811・05-511





写真4 フォークリフトで床下機器を引き出されている





写真5 通常運用で留置されている13Fと、解体作業中の11F中間車(奥)

 東西線から追われる身となった05系初期車13本の処遇については、千代田線に転属して6000系を置き換えると一部趣味誌に書かれ、さらにその後になってインドネシア行き説も流れ始め様々な憶測が飛び交っていた。05系初の運用離脱は11Fで、15000系のデビューとなった2010年5月7日、深川検車区〜同行徳分室間で回送が行われた。行徳分室に回送された11Fはしばらく10両のまま留置され、車内で何らかの作業が行われるなどした。
 本格的に動きが出たのは5月22日と思われ、アントによる入れ換えによってまず編成中の5号車と8号車が抜き出され、両車の床下機器が取り外されトラックに積まれた。この時すでに8号車は車外の部品が一部取られた状態であった。
 5/25〜26にかけて1・5・10号車の3両が搬出され、他7両は行徳分室内で解体された。この3両の行先が近畿車両であったことは数日後に明らかとなったが、この3両の処遇は未だに不明である。東西線用訓練車、千代田支線行き、他社行きなどが噂されるが、取り込まれてからの様子がほとんどわからない状態であるため全くもって不明である。
 1度だけ近畿車両内が別件で報道公開された際にこの3両が映りこんでいたが、帯が剥がされていたことと、側面の車番付近に何かが付いていた以外特に変化が見られなかった。

 次に02Fが運用を離脱し、6/4に行徳分室に回送された。2週間ほどそのまま留置された後、編成を分割された。各車両の側窓4か所にそれぞれの号車+F・R(Front(前)/Rear(後))と書かれた紙が貼られ、これにより陸送されることがほぼ確定的となった。これら02Fは10両すべてが6/23〜29にかけて搬出された。
 これらの行き先は川崎埠頭で、インドネシアに送られることが確定的となった。

 3本目に離脱したのは07F。7/1にはすでに行徳分室にいたことが確認されているため運用離脱はそれ以前になる。ちなみにこの時期JR中央・総武緩行線では、無線のデジタル化が行われていた。直通する東西線の車両にも当然これを取り付けなければならず改造が行われた。11Fと02Fは改造せずそのまま運用を離脱し、その他の編成は取り付けが行われたが、デジタル無線が使用開始となったのは7/4で、07Fはせっかく改造して取り付けたにも関わらず使用しないまま運用を離脱するという何とももったいないことになった。

 以下の表に05系初期車各編成の離脱に関する動きをまとめる。なお、こちらも個人での調査の為、誤っている可能性が0%ではないことを添えさせていただく。編成は上から運用を離脱した順序である。

表2 05系離脱の動き
編成廃止日搬出日
(陸送は翌未明)
現状
11F2010/5/205/25〜5/261・5・10号車は近畿車両(用途不明)、他は解体済
02F2010/6/176/23〜6/29Jabotabek鉄道 運用入り済み
07F2010/7/87/14〜7/27Jabotabek鉄道 運用入り済み
08F2010/9/3010/6〜1013Jabotabek鉄道 運用入り済み
09F2010/10/2210/27〜11/2Jabotabek鉄道 運用入り済み
10F2010/11/1711/19〜11/24Jabotabek鉄道 運用入り済み
05F2011/5/306/2〜6/7Jabotabek鉄道 改造待ち
04F2011/6/106/15〜6/21Jabotabek鉄道 改造待ち
12F2011/6/226/29〜7/5Jabotabek鉄道 改造待ち
13F 行徳分室に留置中
03F 深川検車区に留置中
01F 深川検車区に留置中
06F 行徳分室に分割して留置中

※:13F〜06Fの廃止日は趣味誌未掲載の為空欄、搬出はまだされていない為空欄。

 とりあえず簡単にまとめたが、陸送は11Fに関しては25日に05-111・011、26日に05-511が運ばれている。それ以外の川崎埠頭への輸送は、各日2両ずつ、10号車側から行われた。


5.15000系の本格的な運用開始




写真6 習志野運輸区での訓練を終えてJR線内を回送される15101F(船橋〜西船橋間)


 15000系は運用開始当初JRには直通できず、東西線・東葉高速線内のみの運用についていた。JRのデジタル無線化や乗務員訓練の関係と思われるが、9/1頃よりJRでの乗務員訓練が開始された。これは中野電車区・習志野運輸区それぞれにて行われ、それに伴う回送も各日行われた。なお中野電車区への回送は、東西線内から直接行くことができない為一旦三鷹に行き、折り返して中野電車区に入るという形をとった。
 訓練を経て15000系はJR線への直通が始まったのは9/27とみられている。これに伴い15000系は運用の制限がなくなったが、5号車に永久磁石式同期型モータ(PMSM)を搭載した15106Fに関してのみは現在もJRに直通しない運用についている模様である。


6.Jabotabek鉄道での05系

 Jabotabek鉄道は日本からの中古車が多く活躍していることでも有名であり、都営三田線の6000系、JR東日本103系、東急8000系(含8500系)、さらには東西線で共に活躍したメトロ5000系、東葉1000形の他、2010年度から2011年度にかけてはメトロ7000系・6000系、JR東日本203系が海を渡っている。前面には赤いシール、帯部分に黄色がシールで貼られており、さらにオレンジのスカートが取り付けられるなど東西線時代とは雰囲気の異なるものとなっている。
 編成は、電力事情があまり良くない為、他の10両編成で送られた車両と同様に2両抜かれ8両で運用されている。05系では4・5号車が抜かれ、抜かれた2両は車両基地に留置されている。自分自身はインドネシアには訪問できていない為ここに画像を掲載できず申し訳ないが、ネット上で画像は検索すればそれなりにでてくるのでみてみるのもいいと思う。
 05系は2010年度に5編成、2011年度に7編成が送られる予定となっている模様で、まだ搬出されていない4編成に関しても、今年度中にインドネシアに送られるとみられる。


7.おわりに

 05系の初期車の引退については大きく報じられなかったため、昨今の車両引退での騒動などは特に見受けられずひっそりと運用を終えた。この前面の車両はまだ14〜24Fが残るが、東西線を走る車両の車外の表示はすべてLEDとなり幕での表示による車両はなくなったことになる。またチョッパ制御車は、15〜18Fが現在は残っているものの登場から20年経つため更新されるとみられ、東西線内でチョッパ制御の車両を見ることができなくなる日もそう遠くないだろう。
 05系は、18m級の日比谷線用03系を20mにしたような車両であまり大きな技術革新はなかったかもしれない。だが東西線の輸送力増強への貢献は大きかったのではないか。また次車ごとに細かくではあるが変化があるのは少しずつ改善を図っていった結果ではないかと思う。
 20年という鉄道車両としては少し短い間で、地味ではあるが東西線を支え続けた05系の01〜13F。Jabotabek鉄道に行った編成が末永く活躍してくれることを期待したい。また、輸送されてから1年以上経っても全く情報のない11Fの処遇については気になるところである。


8.参考文献

 東京メトロ公式ホームページhttp://www.tokyometro.jp/index.html
鉄道ファン 各号
鉄道ダイヤ情報 各号



 
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