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 大垣駅より東海道線の各駅停車に乗り換える。長かった373の旅もここまで。東海の文句をひたすら言いつつ乗り換える。ここまではJR西日本の車両が乗り入れてきている。登場時には華々しく新快速運用に就いていた221系も各停仕業が多くなった事に時代の変遷を感じる。しかし、その高性能は衰えず関ヶ原付近のストレート区間を120キロで飛ばす。
 関ヶ原は東海道で一番の難所と言われるが、丘陵地帯から一気に険しい峠道となる光景は確かに難所と言わざるを得ない。実際に乗ってみるとその地形の差がはっきりと分かる。線路は山の稜線に沿って敷設されているのでひたすら急カーブが続く。
 米原駅で各駅停車から新快速に乗り換える。座席を確保しておかないと座れなくなるので猛ダッシュする。あまりのダッシュに途中で飲料水をペットボトルごと線路に落としてしまった。
 この新快速電車で大阪口の通勤ラッシュの真っ只中を移動する訳であるから、なるべく迷惑にならないよう譲り合いで席に着くがここで眠気が襲ってきた。駅に停まる毎にサラリーマンやOLが乗車する。次に気付いたのは京都駅発車時。N氏が梅小路蒸気機関車館が見えるといって起こしてくれたが頭が起きていないのでまた眠る。大阪駅で気付くがまた眠る。気付いた時にはもう姫路駅の手前であった。
 姫路駅で前寄りの播州赤穂行きへ移動する。姫路駅は改修工事中で高架駅となっていた。姫路駅を発車すると姫路モノレールの廃線跡が見える。大将軍駅も見え、遺構として非常に興味深い。このモノレール跡を知らなかった1年が廃線話に飛びついた。需要予測の見誤りが招いた無駄となった公共投資であったが、ロッキード式モノレールの実用例は実に少なく。この姫路モノレールと小田急向ヶ丘遊園線のみがこの方式を採用した事は余り知られていない。結局は元会社も手を引いてしまい廃線となってしまった訳だが、実はまだ手柄山駅には30年の時を越えてジェラルミン製の車両が健在だというのだから驚きである。

 播州赤穂にて赤穂線へ乗り換える。関東では見なくなった115系が普通に走っているのに懐かしさと驚きを感じる。



写真4  115系に乗り換える


 赤穂線は元々は軽便鉄道であったものが国鉄の赤穂線開通と同時に代替廃止としたものだが、以前からローカル線に変わりは無い。のんびりと単線区間が続く。備前焼の大本であるので伊部駅付近では窯元が多く見られた。岡山に近付くにつれ乗客数が増えてくる。電車の終点は岡山なので一旦降りて昼食用のお弁当を買う。駅舎が新しくなりコンコースも設置されて綺麗に整備された岡山駅からサンライナーに乗って広島へ向かう。
 しかし、快速電車といっても通過するのはほんの何駅かであとはずっと各駅停車である。車中、K氏が広島に早く着くとの一言。集合時間にはまだ時間があるなら自由行動にするか別の所へいくかという話になったが、青春18切符で乗れる宮島航路へ行こうという話しになり、広島を通過して一路宮島口へ。



写真5  宮島口駅


 歩いて数分の場所に宮島へ渡るフェリー乗り場がある。確かに看板には輝く青のJRマークが見える。



写真6  フェリー乗り場



 
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