←前のページへ | 次のページへ→ |
社会交通工学科2年 2083番 谷口 勝哉 |
1. はじめに 去る平成25年8月26日(月)〜8月31日(土)、私と鉄道研究会の部員S氏、同じく部員のI氏計3名にて、9月1日より行われたNR合宿の前泊(!?)と称して5日間有効自由席特急乗り放題の北海道フリーきっぷを使い、北海道へと旅立った。6泊5日の長旅の足跡をここに記す。 2. そうだ、北海道へ行こう 〜苦難の計画〜 とある日、ふと北海道に行ってみたくなった。思い立ったが吉日ということで、やりたいことを挙げることにした。 (1) 日進駅(宗谷本線)に行く。 (2) 江差線江差〜木古内間を乗る。 (3) 小樽市総合博物館に行く。 以上3つであった。当初一人旅の予定であったが、この計画を友人に話すと「行きたい」と2人から言われた。「旅は道連れ」という言葉もあり、友人も誘うことにした。友人に「やりたいことはあるか」と尋ねた。その結果が以下のとおりである。 (4) 音威子府駅そばを食べたい。 (5) ノロッコに乗りたい。 (6) リゾートみのりに乗りたい(帰路) 以上3つの追加の条件を得た。この6つの条件を満たすべく計画を練った。しかし2013年はJR北海道に大騒動が起こった。我々が乗る予定であった特急列車が特急列車の火災の影響の長期運休が決まり、行程上の理由で条件(4)が満たせなくなった。友人も諦め、(4)を条件から外すこととなった。 しばらくしてJR北海道が臨時快速列車を運転するとの発表があった。臨時快速列車の時刻を見ると、運休となった特急列車の時刻とほぼ同じ時刻で走ると書かれていた。これにより条件(4)が満たされることになった。 3. 北海道侵略 8月26日(月) 大宮駅6時58分発のはやぶさ1号に乗り込む。すでに車内には東京駅から乗り込んだS氏と上野からI氏が座っており、通路側に私が乗る形となった。我々3人を乗せたはやぶさは青森へ一気に北上した。 新青森駅についたのは9時47分であった。ここから特急スーパー白鳥11号に乗り込むが、その前に昼食を調達することにした。なぜなら、お昼時となる頃もずっと列車に乗っている計画だからだ。スーパー白鳥に乗り込み、約45分経った頃S氏がお弁当を食べ始めた。いわゆる「早弁」である。それに釣られてI氏も食べ始めたが、私は後々お腹が減るであろうと考え早弁はしなかった。 木古内駅にて特急を捨てて、各駅停車に乗り込み一路江差駅へと向かう。この江差線木古内〜江差駅間は2014年に廃止されることが決まっている。「お名残乗車」するためである。2両編成の列車は我々が乗り込んだ時にはすでに各ボックスシート1人以上で埋まっていた。必然的に相席となった。結構な鉄道ファンで溢れていると思った。1時間ほどで終点の江差駅へと到着するがすぐに折り返した。折り返しの列車では、私は窓際の席に座った。車窓を眺めていると列車が通過していくのに驚いたセミ達が一斉に飛び立ち、開け放たれた窓から飛び込んでくるのではないかと心配したが、それは起こらなかった。 木古内駅でスーパー白鳥19号に乗り換え、函館駅へと降り立った。函館では青函連絡船摩周丸の見学と函館市電乗り鉄を行った。函館市電の駒場車庫にて夜間バルブ撮影、市電流し撮り大会(?)が行われた。このため夕食をとるのが9時となった。都会と違い、函館の飲食店は早く閉まる。I氏が某飲食店情報サイトの情報を元にその場所へと赴いた。しかしあるのはパチンコ店。再度I氏がサイトを見るとパチンコ店に併設された飲食店とのことであった。流石にパチンコ店でご飯を食べたくないため、その手前にあった函館ラーメンの店で食べることとなった。 函館駅に戻り、午前1時23分発の急行はまなすに乗るため3時間ほど待つ。この間S氏とチェス対決を行った。この勝負の結果が知りたい場合は、筆者にでも直接尋ねてほしい。(お察しください) ようやく急行はまなすの改札が開始された。駅構内へと入る。入線してきたはまなすを撮る。このときのヘッドマークが一枚しかない白いはまなすだったが、気づくのは数時間後であった。はまなすに乗るとあることに気がつく。我々は指定席を取っていたはずだが、繁忙期に限り、一部指定席がグレードの低いシートにすり替えられる。このため我々はケツの肉がとれるような一夜を過ごした。 4. いざ、日進へ 8月27日(火) 6時7分、急行はまなすは札幌駅に到着した。朝食を札幌駅近くでとり、7時48分のスーパー宗谷1号に乗り込んだ。終点稚内まで約5時間の旅である。急行はまなすでの疲れをとるかのように我々は寝てしまう。寝過ごしで有名なS氏は乗車中5時間のうち1時間しか起きていなかったと思われる。稚内に到着し、北防波堤ドームを見学する。キャンパーが多かったのが印象的であった。稚内駅に戻り、臨時快速列車の席取りのため改札前に並ぶ。この後、音威子府駅で駅そばを食べる予定であったが腹が減るということでセイコーマートにて昼食を調達した。この時、I氏は軽く食べたいとのことでサンドイッチ一つであったが、私はおにぎりを二つ購入した。 稚内13時42分発の臨時快速列車は輪行者が多くおり、自転車も置き場に困るといった状況であった。キハ40二両編成の列車の乗車率は思ったよりも少なく、40パーセントといったところであろう。本来普通列車はワンマン運転であるが、車掌が同乗していた。ドア扱いと車内放送以外に検札もしていたが、それ以外は特にやることもなく暇そうにしていた。 15時45分に音威子府に到着する。早速駅そばを食べに向かうが、シャッターが閉まっている。定休日かと考えたが、当日は火曜日であった。駅員に尋ねると売り切れたとのこと。しかたないので、近くにある道の駅を見つけたのでそこでご飯にしようとしたが、運の悪いことに「臨時休業」の文字。途中で見つけたコンビニのような店でS氏とI氏は「音威子府そば」を食べた。 音威子府駅に併設された天北線資料館を見学し、17時20分まで列車を待ち、1両編成の列車に乗り込む。そして18時17分日進駅に帰ってきた(?)。ホームは板張りであった。少し離れた場所には駅舎(待合室)があり、中は駅ノートと蜘蛛の巣が張っているだけであった。 歩いて5分ほどで宿に辿り着いた。この宿は、この旅で泊まった宿の中で最高の宿であった。 8時頃、I氏が星を撮りに外へ出た。20分後、私とS氏の2人も星を撮ろうということで外へ出た。外は一面の雲で、遠くには稲光さえ見えた。しかし、肝心の星は見えない。気分を変えて日進駅をバルブしに行った。第2回謎バルブ大会が開催された。こうして2日目は終了した。 5. 札幌討ち入り 8月28日(水) 宿にて朝食をとり、日進駅7時42分発の始発列車に乗る。車内は高校生で溢れかえっていた。隣の名寄駅でかなりの人が降りると同時に10人ほど乗る。旭川でスーパーカムイ16号に乗り換える。車窓を眺めると怪しい雲が一瞬見えたが、札幌駅につく頃には見えなくなっていた。 札幌駅にて市電と市営地下鉄などが乗れる一日乗車券を購入する。市電に乗り、電車事業所前にて降りる。車庫見学できるかと尋ねると、快く承諾を得られた。車庫内には、全般検査中の車両や教習車、冬季に除雪車両として活躍するササラ電車を見学することができた。突然の訪問であったが、快く承諾してくれたことに感謝。 昼食を食べ、水曜どうでしょうの制作局、HTBへ討ち入りしに行く。途中、札幌市営交通資料館に行く。夏休み中開館との情報であったが、北海道の夏休みは短いことを忘れ、中へ入ることはできなかった。HTBでは、記念のスタンプとガチャガチャに挑戦した。その後、どうでしょうの聖地、南平岸高台公園でS氏による謎PV撮影が行われた。 その後は札幌有名観光地見学ということで、時計台や旧北海道庁の見学を行った。夕食後ひばりが丘に行き、そのまま新札幌駅からJR線で宿へ。こうして3日目は終了した。 6. 日帰り釧路旅行 8月29日(木) 宿に荷物をおいたまま、我々は片道350キロメートル離れた釧路へ向かう。札幌7時3分のスーパーおおぞら1号に乗り込む。ここでもS氏は寝ていた。太平洋を眺めつつ、釧路駅に到着する。ノロッコ号の指定席はおおよそ満員であったが、自由席はそれなりに混んでおり、普通の客車部はかなり空いていた。釧路湿原を楽しむための列車はゆっくり進み、11時40分に塘路駅に到着した。ここで本来なら折り返すつもりであったが、そのまま後続の列車で隣の駅である茅沼駅へ。無人駅を30分ほど楽しみ、折り返しの列車に乗る。釧路駅へ着くと昼食をどうしようかと相談。I氏が観光案内所でおすすめの店を聞く。言われた場所へ行くと海鮮市場であった。そこでは、ご飯を買うと好きな魚介類が好きなだけ載せられるというシステム(別料金)であった。結果安く抑えようとしたが、700円ほどになってしまった。 昼食後、何故か近くのショッピングセンターへ向かう。100円の激安ソフトクリームを食べ、金券ショップで国鉄時代の大宮駅の記念入場券を購入。 釧路駅に戻り、16時17分発特急スーパーおおぞら14号に乗り込み、札幌の宿へ戻る。宿に戻ったのは21時であった。 7. ありがとう北海道小樽旅行 8月30日(金) 札幌8時42分発の普通列車にて小樽へ向かう。小樽駅前でバスへ乗り換え、小樽市総合博物館へ。この総合博物館本館には多くの鉄道車両があり、北海道内で活躍した車両が集められている。我々一行は重箱の隅をつつくように見学をした。本館を出たのは14時だった。予定していた時間よりもかなりゆっくり見て回ったようだった。手宮洞窟や総合博物館運河館、手宮線散策、倉庫めぐりを行い、気づけば17時を回っていた。小樽駅へ戻り、札幌駅に向かうつもりであったが、折角の機会だからと言って新千歳空港駅に向かった。 新千歳空港ではお土産を購入した。我々はここであるものを発見する。北海道内の名所や名産をかたどった北海道限定造形品のガチャガチャを見つける。私は当然仮想人工歌声歌手の造形品を入手すべくガチャガチャを回した。一発で目標の品を入手できた。S氏も同じく挑戦する。しかし、S氏はクラーク像を数体引き当てる。結果2100円費やしたS氏は、私が入手した物と同じ物を引き当てることはできなかった。あまりの惨状に私は北斗星色のDD51とクラーク像1体した。 本州に戻るべく、札幌22時ちょうど発の急行はまなすに乗り込み、北海道と暫しの別れを告げた。 8. 終わりに この後、青森からNR合宿の集合地、会津若松までのエピソードがあるが、この辺りで終わりにする。 今回の旅行で食べられなかった音威子府そばのリベンジをするため、近いうちに北海道へ行こうと考えている。今度は列車でなく、車で北海道をゆっくりとドライブしたいものだ。 写真1 今回の同行者I氏(左)と寝過ごし大魔神との呼び声高いS氏(右) 写真2 音威子府そば(?)を食べるI氏とS氏 写真3 茅沼駅駅舎 写真4 静態保存されている車両の運転台ではしゃぐS氏 |
- 58 - | 次のページへ→ |