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〜 25年前の優等列車 〜

社会交通工学科1年 2008番 安斎 孝宣

1.はじめに

 1987年4月1日。日本国有鉄道(JNR)は、JRへと事業継承を行い、新たな会社としての歩みを始めた。 そして、この鉄道研究会もサークルとして歩みを始めた。それから25年、数々の出来事があった。 そこで私は、その25年前に立ち返って、どのような優等列車がいたのか、辿ってみたいと思う。
 ちなみに、今回対象となる優等列車とはJR発足時に運行されていた特急列車・急行列車である。



2.幹線の優等列車たち

2-1.東海道本線・東京発・西日本方面夜行列車

 東海道本線の昼行優等は、まず東京と伊豆急下田・修善寺を結ぶ特急「踊り子」(「スーパービュー 踊り子」は1990年より)、東京と静岡を結ぶ急行「東海」(1996年より特急、2007年廃止)の2つのみ。 いかに東海道新幹線が乗客のニーズを得ていたかがわかる。

 一方、東京口発の夜行列車は全盛期ほどではないものの、ブルートレインが多くきていた。 東京〜下関・博多間(当時)の「あさかぜ」(2005年廃止)が二往復、東京〜山陰線経由〜出雲市間の 「出雲」(2006年廃止・「サンライズ出雲」に)が二往復、東京〜長崎・佐世保間(当時)の「さくら」 (2005年廃止)、東京〜宇野間(当時まだ瀬戸大橋は未完成)の「瀬戸」(1998年に廃止・「サンライズ 瀬戸」に)、東京〜西鹿児島(当時)間の「はやぶさ」(2009年廃止)、東京〜宮崎間(当時)の 「富士」、東京〜熊本・長崎間の「みずほ」(1994年定期運行廃止、1996年正式廃止)、さらに寝台急行 では東京〜大阪間の「銀河」(2008年廃止)が挙げられる。


2-2.山陽本線・関西発・九州方面夜行列車

 山陽本線の昼行優等は、山陽新幹線博多開業と共に全廃していて25年前もなし。 東海道本線よりも新幹線に頼ったものとなっていた。
 一方関西発の夜行列車は、新大阪〜長崎・佐世保間(当時)の「あかつき」(2008年廃止)、新大阪〜 都城間(当時)の「彗星」(2005年廃止)、新大阪〜西鹿児島間(当時)の「なは」がいた。 当時は、まだブルートレインの乗車率も高く、関西発のブルートレインは新幹線客等を考えて新大阪始発 ばかりだったのだろう(あくまで推測であるが)。この後、いずれの夜行も京都始発に改められ、 晩年を過ごすのである・・・


2-3.東北本線・東北・北海道方面夜行列車

 東北本線では、すでに東北新幹線が上野〜盛岡間で営業していたが、まだ他の山形・秋田新幹線や盛岡 以北が開業しておらず、まだまだ昼行特急が多く見られた。
 まず、上野口では、上野〜秋田(奥羽本線 経由)間の「つばさ」(なお当時「つばさ」運行の11往復のうち上野まで来たのは秋田行き1往復のみ・ 1992年に新幹線に)、上野〜会津若松間の「あいづ」(1993年郡山始発の「ビバあいづ」に・2003年快速 「あいづライナー」に格下げ)が運行していた。
 盛岡以北では583・485系により盛岡〜青森で往年の名特急「はつかり」が新幹線のバトンを引き継いでいた。

 翌年に青函トンネルが完成するため、夜行列車が青森駅発着最後の輝く1年である。 また、青函トンネル完成前のため「北斗星」はまだ運行していない。まず、数少ない現役ブルートレイン 列車である上野〜青森間(当時は東北本線・奥羽本線経由)「あけぼの」3往復、さらに上野〜秋田間 (高崎線・上越線・信越本線・羽越本線経由)「出羽」(1993年統合で廃止)、上野〜青森間「はくつる」 2往復、上野〜青森(上野〜仙台間常磐線経由)「ゆうづる」3往復(1993年廃止)が走っていた。


2-4.山陰本線

 ざっと挙げると、岡山〜出雲市間「やくも」、京都〜米子間「あさしお」(1996年統合廃止)、 益田〜博多間「いそかぜ」(2005年廃止)、小郡〜米子間「おき」(2001年に「スーパーおき」に)、 さらに急行として京都〜城崎などの間の「丹後」(1996年廃止)、大阪〜出雲市間の夜行である「だいせん」 (2004年廃止)、米子〜下関・小倉間「さんべ」(1997年臨時化、1999年廃止)、浜田〜下関・小倉間 「ながと」(1992年廃止)となった。


2-5.北陸本線・羽越本線・奥羽本線

 まず北陸本線は、名古屋〜富山間「しらさぎ」、米原〜金沢間「加越」(2003年「しらさぎ」に統合)、 大阪〜新潟間(当時)「北越」、大阪〜金沢間「雷鳥」(2011年統合廃止)、大阪〜新潟間の寝台特急 「つるぎ」(1994年臨時化、1996年廃止)、そしてこの春で定期運行が終了した大阪〜新潟間の寝台急行が 運行していた。

 「雷鳥」は「サンダーバード(登場当時はスーパー雷鳥)」に速達性の向上のために置き換えられ、 「加越」も「しらさぎ」に統一されただけなので、基本的には25年間ほぼ変わっていないといえる。
 次に羽越本線。ここはこの25年変わらず新潟〜秋田間「いなほ」のみである。
 そして奥羽本線。先述の「つばさ」のほか、盛岡〜秋田・青森間「たざわ」があった。この「たざわ」 も、秋田新幹線「こまち」運転開始のため、1997年までに廃止されている。その他秋田〜陸中花輪(花輪線) 間の急行「よねしろ」(2002年廃止)が走っていた。

 最後にこれらを通しで走っていたのがこの春で定期運行が終了した大阪〜青森間の「日本海」、 そして当時の昼行最長特急である大阪〜青森間の「白鳥」(2001年に廃止、その後「白鳥」は現在新青森〜 函館間の特急に)が運行されていた。


2-6.その他の路線(一部を抜粋)

 北海道地区では、まだ函館〜網走間のロングラン特急「おおとり」が運行していた。

 信越本線では、長野新幹線開業前、まだ碓氷峠を走行しており、上野〜長野・直江津間「あさま」 (1997年に新幹線の愛称に)、上野〜長野間の夜行特急「妙高」(1993年廃止)、さらに、上野〜金沢間 「白山」(新幹線開業のため廃止)が運行されていたほか、上野〜中軽井沢間の季節特急「そよかぜ」 もいた。避暑地である軽井沢へ向かう人のため季節列車ながら30年近く運行されていた(1997年廃止)。

 四国地区では、高松〜松山・宇和島間「しおかぜ」(現在「しおかぜ」は岡山〜松山・宇和島間と なっており、高松から運行しているのは「いしづち」である)、高松〜高知・中村間「南風」が特急として 運行されていた。また、急行として高松〜松山間「いよ」、松山(夜行便のみ高松)〜宇和島間の 「うわかい」、高松〜中村間「あしずり」(現在は特急に格上げ)、高松〜徳島間「阿波」(翌年特急 「うずしお」に格上げ)、高松〜牟岐間「むろと」(翌年「阿波」に改称、その後「うずしお」 に統合・廃止)が運行していた。

 最後に九州地区であるが、これまた九州新幹線の開業に伴い、鹿児島本線を中心に25年で変化がみられる。
 博多〜熊本・西鹿児島(当時)間を運行していたのは「有明」で、当時熊本発着を中心に25往復運行 していた。それに先述の寝台特急も加わり、90年代には「つばめ」が「有明」から分割され、やがて「リレーつばめ」 へと変わり、寝台特急が鉄路を追われ、そして今は九州新幹線全線開業で「有明」は朝夕に僅かに残る のみとなった。
 日南本線では、まだ「ソニック」ができておらず博多〜宮崎間を「にちりん」のみが走っていた。



3. その他地方交通線の優等列車

 北海道地区・・・天北線・急行「天北」札幌〜(天北線経由)〜稚内(1989年廃線・廃止)、 宗谷本線・急行「宗谷」札幌〜稚内(2000年特急格上げ)。
JR化直前に多くの路線が廃線になっていることもあり、幹線以外では、ほぼ優等列車が淘汰されていた。

 東北地区・・・釜石・山田線・急行「陸中」盛岡〜釜石・宮古間(2002年までにすべて快速に格下げ)、 陸羽西線・急行「月山」山形〜酒田間(1992年に快速格下げ)。

 関東・上信越地区・・・なし。

 東海地区・・・身延線・急行「富士川」静岡〜甲府間(1995年特急格上げ)、高山本線・特急「ひだ」 名古屋〜高山・飛騨古川間、高山本線・特急「北アルプス」名鉄新名古屋〜富山間(2001年廃止)、 高山本線・急行「たかやま」大阪〜飛騨高山間(1999年に大阪発のまま特急「ひだ」に格上げ)、 高山本線・急行「のりくら」名古屋〜高山・富山間(1990年廃止)。
高山本線が幹線並みの優等列車を走らせていた一方、200キロ近い飯田線の定期の優等列車は1996年の 特急「伊那路」を待たねばならなかった。

 北陸地区・・・七尾線・能登線(翌年にのと鉄道に)・急行「能登路」金沢〜輪島間(2002年廃止)。

 関西地区・・・播但線・特急「はまかぜ」新大阪・大阪〜鳥取・倉吉・米子間、播但線・急行「但馬」 大阪・姫路〜豊岡・浜坂間(1996年廃止)、姫新線・因美線・急行「みささ」大阪〜倉吉間、姫新線・ 急行「みまさか」大阪〜中国勝山間(「みささ」「みまさか」は大阪〜津山間は併結運転・共に1989年廃止)。

 中国地区・・・津山線・急行「砂丘」岡山〜米子間(1997年「いなば」に格上げ・津山線部分は急行 「つやま」に)、芸備線・急行「みよし」新見・備後落合〜広島間(2007年廃止)、芸備線・急行 「たいしゃく」新見〜広島間(2002年「みよし」に統合・廃止)、芸備線・木次線・急行「ちどり」 鳥取〜(芸備線・木次線経由)広島間(翌年芸備線のみの運行となり、2002年「みよし」に統合・廃止)。 中国地方は山陰本線と含めて数多く急行が残っている。

 四国地区・・・徳島線・急行「よしの川」徳島〜阿波池田間(1996年に特急格上げ)。

 九州地区・・・久大本線・急行「由布」博多〜(久大本線経由)〜別府間(1992年に特急格上げ)、 豊肥本線・急行「火の山」熊本〜別府間(1992年に特急格上げ)、肥薩線・急行「くまがわ」博多〜人吉間 (2004年特急格上げ)、肥薩線・吉都線・急行「えびの」熊本〜宮崎間(2000年廃止)、松浦線(翌年松浦 鉄道に)・急行「平戸」唐津〜長崎間(翌年廃止)。



4. まとめ

 以上で、ざっとではあるが、25年前のJR発足時の優等列車たちをまとめてみたが、この25年で、 優等列車の流れは大きく変わった。
それは、東海道新幹線・山陽新幹線・東北新幹線・上越新幹線それぞれの開業による在来線の変化等 (例えばヨン・サン・トウ)に比べれば全国的にはそこまでのものではないだろう。
 しかし、JRになってからも、山形新幹線、秋田新幹線、長野新幹線、九州新幹線ができ、 そのたびに多くの優等列車が姿を消した。
特に私個人的にはブルートレインと急行列車の廃止は悲しみを覚える。
 今の世の中はスピード重視で、旅情などを求めて鉄道に乗るという人が急激に減ったと思う。
これから北陸新幹線や北海道新幹線が開通してしまったら・・・
私としては、飛行機・バスという選択肢も数多くある現代、飛行機には「速さ」を、バスには 「安さ」を、そして鉄道には「快適さ」。
こういったものをそれぞれのウリにして戦略を練っていくべきなのではないかと思う。



5. 参考文献

山陰の優等列車変遷史 http://www5f.biglobe.ne.jp/~pallace/express.html
JR版時刻表1987年7月号(鉄道研究会駿河台部室所有)
新潮社・日本鉄道旅行歴史地図帳シリーズ



写真1 JR時刻表87年7月号の全国特急網





 
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