←前のページへ | 次のページへ→ |
社会交通工学科OB 栗原 一暢 |
1.はじめに 今回の合宿の目的地は,三重県の伊勢,桑名・四日市周辺となった.今回合宿先となった三重県には,伊勢神宮,鳥羽水族館,長島スパーランドといった多くの観光施設がある他,鉄道で着目すると珍しいナローゲージを使用した路線(近鉄内部・八王子線と三岐鉄道北勢線)が存在する.なお,一般的にナローゲージとは軌間(レールの幅)が762mm以下のものを指し,特殊狭軌と呼ぶこともある1). 現在日本では,ナローゲージを使用しているのはこの2路線の他,富山県の黒部峡谷鉄道のみとなっており,非常に貴重な存在といえる.ちなみに、いずれの路線も軌間は762mmである.さらに今年の8月には近鉄内部・八王子線の廃止・跡地を整備してバス高速輸送システム(BRT)の導入を検討しており2),廃止までは時間の問題である.一方三岐鉄道北勢線に関しては,現在廃止ということにはなっていないが,経営は厳しい状況にあり,沿線には利用を促す旗が立っている.北勢線はこれまで多くの鉄道会社により運営(2000年には近鉄から三岐鉄道に運営移管)され,何回か廃止の危機を免れている. そこで今回の夏合宿では三重県の観光施設を回った他,三岐鉄道北勢線の電車を貸し切り,部員や地域の方々との交流を行なった.今回の合宿の大まかな日程・行程を以下に示す. 9/7(金):伊勢市集合→伊勢神宮参拝→四日市ホテルチェックイン→(湯の山温泉) 9/8(土):東員駅集合→北勢線貸切→軽便鉄道博物館見学→CTC見学→拱橋見学→飲み会 9/9(日):四日市ホテル解散・チェックアウト→(近鉄内部・八王子線乗車) *( )は自由参加の内容を表す 2.合宿1日目 (9月7日 金曜日) 前日までY氏と滞在していた名古屋からのスタートとなる.この日は青春18切符を使用するため,我々はJRだけを乗り継いで伊勢市駅(集合場所)に向かうことにした.まず地元駅から地下鉄東山線に乗車し,名古屋駅からJR関西本線に乗車した.快速亀山行き車内では,前日まで浜松で宿泊していたT氏と合流した.私は北勢線の貸切電車内で演奏する三味線等を持参しており,割と荷物は多かったが,T氏の荷物の多さにも驚いた.また乗換駅の亀山駅では,かつて部員であった千葉工業大学のO氏にも偶然遭遇し,何人かの部員を驚かせた. 次にJR紀勢本線に乗り換え,日本で一番駅名が短い津駅で下車した.このまま降りずに行くと伊勢市で時間が余ることから,津駅から近鉄名古屋線に乗車し,高田本山駅を訪問した.2010年度のEXPRESSでは私の大久保駅特集の記事があったのはご存じであろうか.その同じシリーズとして,本山・元山駅特集を来年度掲載予定である(11月現在,残りは長崎県の松浦鉄道の本山駅のみ). その後,さらにJR参宮線の終点鳥羽駅まで快速みえ(写真1)に乗車し,駅周辺を散策した.鳥羽で落ち返すため滞在時間は僅かであったが,鳥羽の綺麗な海の匂いがする空気を吸うことができた.鳥羽駅からは停車中のワンマン列車に乗車し,集合である伊勢市駅に向かった.車窓からは伊勢湾の素晴らしい景色を見ることができた.伊勢市駅では既に数人が到着しており,全員が揃うまで駅舎内でしばらく待つことにした. 写真1 津駅に進入するキハ75形快速みえ 集合後,伊勢神宮まで徒歩かバスかで移送手段に迷ったものの,徒歩で伊勢神宮の外宮に向かうことになった.内宮は時間の都合上,今回全体では訪問していない.ここでは人数が多いため,いくつかの班に分かれて参拝することにした.訪問時,伊勢神宮内の一部が工事中であったのが残念であった(写真2).ここで最初の集合写真を撮った.また,伊勢神宮から駅までの途中の商店街で,K氏は何故か花火を購入し,数名の部員を呆れさせていた.どこかで花火をやろうと思ったのだろうか. 写真2 伊勢神宮外宮 伊勢市駅から四日市駅までは伊勢鉄道経由の快速みえで向かうことにした.車内では伊勢の名物の1つである赤福をいただいた.ところで私は青春18きっぷの使用のため,検札に来た車内で津〜河原田間の運賃を支払った. ようやく四日市駅に到着し,宿泊するホテルにチェックインした. その後,有志で近鉄湯の山線で湯の山温泉(片岡温泉)に行き,夕飯となった.ちなみにここで私は伊勢うどんをいただいた.湯の山温泉駅から最終で四日市まで戻ってきたのは,ここだけの話にしておこう. 3.合宿2日目 (9月8日 土曜日) 翌日の朝,予報通りの雨となった.この雨はいつまで降り続けるのか全員心配していただろう.さて,この日は三岐鉄道北勢線の貸切運転の日である.そのため,各々四日市のホテルから貸切電車の出発する東員駅に向かった.集合をあえて東員駅にしたのは,ナローゲージということで車内が狭く編成も短いため,分散して乗車させるというT氏の意図があった.なお乗り換えのため降りた桑名駅では,OBであるI氏と合流し,北勢線の西桑名駅まで数分歩いて乗り換えた(写真3).西桑名〜東員駅間では,今回初めてとなる,吊りかけ電車の音を感じることができた. 写真3 西桑名駅に停車中の北勢線と乗車を促す旗 東員駅ではしばらくして,貸切電車が我々の前に姿を現した(写真4).また,今回の貸切電車には他大学の方にも参加していただき,さらに地元テレビ局のカメラマンが取材のため便乗した. 車内では発車直後T氏が北勢線の案内をし,さらに私はアナウンスを担当し,三味線の演奏をした.折り返しの終点阿下喜駅では,電車の前で集合写真を撮った.折返しまでの時間を利用して,駅前にある軽便鉄道博物館で,昔の貴重な電車の車内を見学した他,ミニ鉄道に乗車して楽しむことができた(写真5).ちなみにT氏は,この博物館を運営している市民団体の会員である. 写真4 今回貸し切った北勢線の車両 写真5 軽便鉄道博物館の様子 その後折り返しの車内では数名の部員がカメラマンからの取材を受けた.このようなテレビ局から取材を受けるというのも,貴重な体験ではないだろうか.電車は東員駅に到着し,貸切運転は終了となる.東員駅では北勢線のCTCを見学し,北勢線の歴史やシステムについて説明があり,より詳しく理解することができた. 北勢線沿線には明智川拱橋,六把野井水拱橋という古い橋梁施設がある.次にその橋を走行する電車を撮影するために,一般の電車で楚原駅まで向かうことになった.なお,珍しい女性運転士による運転であった.楚原駅から撮影現場まで約20分歩くことになるが,雨が止んでいたため幸い楽に移動することができた.撮影現場では2本の電車を撮影することができた(写真6).テレビ局のカメラマンともここでお別れとなった. 写真6 明智川拱橋と北勢線 その後楚原まで戻り,再び阿下喜駅に向かうことになった.阿下喜駅からは比較的近い三岐鉄道三岐線の伊勢治田駅に移動するためである.駅まで近いと言っても,歩くと約30分かかるところにある.この移動手段は,徒歩とタクシーに分かれることになった.私は歩いて向かったのだが,途中にあった川が増水していて今にも氾濫しそうだったのを覚えている.また伊勢治田駅構内には,西武鉄道から来た元101系が留置されていた(写真7).塗装もそのままで改造もされていないことから,恐らく部品取得用に留置してあるのだろう. そして三岐線で丹生川まで乗車し,貨物鉄道博物館を訪問した.この博物館はすぐ線路脇にあり,博物館の外にはかつて使用されていた機関車が数車両保存展示されていた(写真8).最後に,機関車の前で集合写真を撮影した. 写真7 伊勢治田駅に留置されている元西武101系 写真8 丹生川駅に進入する三岐線車両と貨物鉄道博物館の保存車両 その後近鉄富田駅で乗り換え,近鉄四日市まで戻り飲み会となった.一部の部員は,飲み会会場の隣にあったカラオケボックスにて二次会となった. 4.合宿3日目 (9月9日 日曜日) 最終日の朝は,2日目と比べようにないぐらいの大雨となった.そのため,午前中に予定していた末広可動橋の見学は中止となった.したがって,ホテルにて解散となった.合宿としては解散であるが,せっかくなので自由参加として,廃止が決定した近鉄内部・八王子線に乗車することにした.日野駅ではけたたましい音のする雨の中,次の電車を待った(写真9).写真からも雨の凄さを感じ取ってもらえるのでないだろうか.この駅で私は傘を忘れていたことに後ほど気づく.なお内部・八王子線は,一時大雨で運転見合わせとなったが,すぐに再開したため大きな支障はでなかった. その後、近鉄四日市駅まで戻り,最終的に私は名古屋の家に帰ることにした.その夜に西日野駅で忘れた傘を,Y会長は名古屋まで届けてもらうことしにした.以上が私の夏合宿の報告である. 5.おわりに 今回は,現部員,他大学,OB,さらに地域の方々との交流が多くできた合宿であった.なお普段では難しい貸切電車にも乗車でき,楽しい時間を過ごすことができた.ご協力いただいた三岐鉄道社員の皆様をはじめ,軽便鉄道博物館市民団体の皆様,合宿に誘ってくれた現部員の皆様には,この場を借りて厚く御礼を申し上げる. <参考文献> 1) 北勢線対策室 URL: http://www5.ocn.ne.jp/~tetsudou/narrow/index.html 2) 毎日新聞 2012年8月22日 中部・朝刊
|